せりしゅんや的アマボク通信

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2005年4月タイ
In April, 2005 in Thailand.

 初めて向かったのは、タイのキングスカップ・国際トーナメント。地元タイとアジアの強豪国・北朝鮮の強さが光っていた。
 キングスカップに出場するムエタイ王者たちは、専業のアマボク選手に引けを取らない。それどころか優勝をかっさらってしまうことがしばしある。向かって右は、ムエタイ史上最高の才能を持つとも言われるアタチャイ(L・ウェルター級準優勝)。




2005年12月 ロシア・モスクワ
In December, 2005 in Russia

 「世界最強の座」をキューバと争い続けるロシアへ。ソ連時代、キューバにボクシングコーチを積極的に派遣した国でもある。


アマボク&アマキックの欧州王者だったナタリア・ラゴージナは、契約先のドイツから戻って、男子の練習をこなしていた。のちにプロボクシング世界王者にもなる彼女は、当時から「男も倒す美女」と評判だった。



2005年12月
ロシア・サンクトペテルブルグ

In December, 2005 in Russia.

 サンクトペテルブルグの名もなきジムへ。この日は渡米中だったものの、IBF世界S・ウェルター級王者ロマン・カルマジンも所属しているとのこと。





 サンクトのアマボク・トップチーム。かつてのロシア最強チームの近況について、「最近は政府からの援助金が少なく、チャンスが減っている」とコーチが言う。モスクワ勢には現在、劣勢。



2006年5月 中国・北京
In May, 2006 in China.




 建設中の北京五輪会場へ。2008年には、ここでスポーツ界最大の祭典が行われる。ボクシングチームは、北京にはいなかった。

2006年5月 モンゴル・ウランバートル
In May, 2006 in Mongolia.

 モンゴルの選手はパワフルで闘争心にもみなぎっていた。その理由を聞くと、コーチは「俺たちはチンギス・ハーンの血が流れているからだ」。
 ラクバ・シンのように韓国とプロ契約を結ぶ選手も多かったが、最近、その流れが止まりつつある。


 ウランバートルのボクシングジムを取材。ちょっとだけ練習も。


2006年9月 フィリピン
In September, 2006 in Philippines.

 大自然に恵まれたバギオの山奥でフィリピンのナショナルチームは合宿をはっていた。
 アルジョハロ・ジム2階は、停電に加えて断水状態。それでも選手たちは、ここに住み込み、明日の成功を夢見る。そして、とても楽しそうな共同生活を送っていた。


 フィリピン人はバスケットボールが大好き。のちにプロボクシング世界王座に返り咲くジェリー・ペニャロサも、オフはこのシュート(右写真)。





2006年11月 ドミニカ共和国
In November, 2006 in Dominican Republic.

 AIBA総会前のアジア総会。各連盟の代表が、「ドーハ・アジア大会で会いましょう」と、声をかけ合って解散した。
 チョードリー政権が崩壊。選挙の結果、台北ウー・チンクオ氏が僅差でAIBAの新会長に就任した。同氏の掲げたテーマは「透明性」。



2007年2月 ラオス
In February, 2007 in Laos.



 「取材されるほどのものになっていないから、来なくていいよ」と副会長が、遠慮するところをお願い。すると、キューバから招聘されたコーチが、「こいつら、いいものを持ってるんだけど、ハートが弱くて、萎縮しちまうんだ」と頭を抱えていた。小さな体育館で、地味に練習に打ち込むナショナルチームは少数だが、時々、強豪相手に番狂わせを起こすこともある。


2007年2月 タイ
In February, 2007 in Thailand.

 タイ・スポーツ界初の五輪金メダリスト、栄光と挫折の行ったり来たりを繰り返したソムラック・カムシンを追う。
 タイの現役選手では大の人気者、ソムジット・ジョンジョホール。「唯一、金メダルを取っていない大会」であるオリンピックに向け、ハードな練習をこなすが、そのあとは大好きなサッカーに励んだ。


パキスタン

 キャンプ施設で祈りを捧げるパキスタン・チーム。断食中のトレーニングは、いつもよりハード…。
 アンワル・チョードリー前AIBA会長。数々の政策は賛否両論を呼び続けたが、引退した今は、純粋なボクシング好きになったようにも見える。「ボクシングは貧しい人間を救うスポーツでもあるんだ」と熱弁した。



インド



 目前の世界選手権に向け、パンジャーブ州パティアラで猛練習中のインド・チーム。ボクシングは、イギリスが植民地時代に持ち込み、現在は、カザフスタンなどの近隣諸国への遠征合宿にも積極的。